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見果てぬ夢 14 ~アル・シャープトンのスピーチ

2009
12
20
ring
2009年7月7日

3日前から始まったフェスティバルで私の住む町は活気づいている。
皆、街一番のフェスティバルにふさわしく、カウボーイハットとジーンズ、ブーツできめている。

去年はペガサスさんとフェスティバルにいったことを思い出した。
ペガサスさんもジーンズ姿だったのだが、セクシーすぎて目のやり場に困ったんだよなぁ・・・。(汗)


あれからもう一年がたったなんて信じられない。
元気にしているんだろうか。

あんなに楽しみにしていたフェスティバルなのに、今日も調子が良くない。
フェスティバルにふさわしい天気なのだが、今日は外へ出るのは無理そうなのでキャンセルすることにした。


予定が急になくなってしまったので、暇つぶしにテレビをつける。
すると彼のmemorialがライブで報道されていた。
あ、今日だったんだ、と今頃気がつく始末。


またイヤなことを考えてしまいそうだからチャンネルを変えようとリモコンを手に取った。
すると頭頂からサインが降りてきた。


・・・これは見ろっていうことか。


気乗りはしないのだが、どうせ抵抗しても無駄なのでチャンネルを変えずにそのまま見ることにした。
ぼぉ~っとしながらmemorialを見る。
今、この瞬間世界中のファンが涙してるんだろうなぁ・・・


私は作り話であるはずのドラマや映画でも思わず泣いてしまうほうなのだが、何故か今日はえらく覚めている。
その規模の大きさ、集まってきた人の多さに凄いなぁと思ったのだが、なんだか自分には現実感がない。
それでもこの方のスピーチは迫力があった。


*****

アル・シャープトン師 演説全文

世界中の人々が、今日、心を一つにして、人を愛することの何たるかを我々に教えてくれた。
一人の男性の生涯を心に刻もうと、たくさんの人々がここに集まっています。

私たちの感情が抑えきれないほとにまで高ぶっているのを、不思議に思っておられる方はマイケルが歩んだ人生という旅路を、またマイケルが我々にとってどのような存在であったかを理解する必要があります。
今日、ここにジャクソン・ファミリーとして集まったみなさん、
いまここにご列席のジャクソン一家、ご両親と9人の子供たちは、
インディアナ州ゲーリーの労働者階級から現在の地位まで上りつめました。
彼らにあったのは、夢だけでした。
彼らの夢が現実のものとなるなんて、一体、当時の誰が信じたでしょうか。
しかし、彼らは信じ続けたのです。
マイケルは決して夢を捨てませんでした。

私が初めてマイケルに会ったのは、1970年頃のイリノイ州シカゴのブラック・エキスポでした。
いままでジャクソン一家を支え続けてきたジェシー・ジャクソン師もいました。
かわいい子供だったその日から、いまこのときまで、マイケルが夢をあきらめることはありませんでした。

その夢こそが、世界中の文化を変えていったのです。
マイケルが活動を始めたときは、いまとはまったく違う時代でした。
しかし、マイケルが前に進み続けたことで、
また、自らの限界を定めなかったことで、
他人に限界を決めさせなかったことで、彼は全世界を切り開いていったのです。
片手に手袋をはめ、ズボンを上げるというスタイルで
音楽界においては彼は人種の壁を打ち壊していきました。
そしていまでは、我々の映像が流され、雑誌の表紙を飾るようになりました。

マイケル・ジャクソンが、黒人、白人、アジア人、ラテンアメリカ人を一つにつないだのです。
マイケル・ジャクソンが「ウィ・アー・ザ・ワールド」を世に送り出し、「ライブ・エイド」よりもずっと前に飢えに苦しむ人に手を差し伸べたのです。

マイケル・ジャクソンが前進し続けたことで
人種の違いや差別に悩む人々の中に安心感が生まれ、
マイケルの音楽とつながっていったのです。
そしてその安心感によって、日本、ガーナ、フランス、アイオワ、ペンシルバニアの子供たちが心置きなくお互いに接することが可能になったのです。

そして、テレビでオプラ・ウィンフリーを目にしても、
タイガー・ウッズがゴルフをする姿を見ても、違和感を感じることがなくなったのです。

当時10代の若者だったマイケルのファンたちも、いまでは40代になり、
なんの引け目も感じることなく、アメリカ合衆国の大統領選挙において
黒人候補に票を投じることができたのです。

それは、マイケルがいたからこそです。
彼のおかげで互いに愛することができたのです。
彼のおかげで互いに手を取り合うことを学んだのです。

世の中にはあら探しをしたがる人がいます。
しかし世界中のみなさん、私たちはマイケルのメッセージを支持しようではありませんか。
くだらないことに固執するのではなく、マイケルが伝えようとしていた愛のメッセージです。
険しい山を登っていれば膝を怪我することもあるでしょう。擦り傷がつくこともあるでしょう。
しかし、注目すべきは傷ではなく。マイケルが歩んだ道のりに焦点を当ててほしいのです。

マイケルは、批判に打ち勝ち頂点に上りつめました。
歌をもって冷笑する人を制し、
ダンスをもって疑う人を制し、
パフォーマンスをもって悲観する人を制したのです。
打ちのめされても立ち上がり、のけ者にされても決して屈しませんでした。
マイケルは決して立ち止まらなかった。
マイケルは決してあきらめなかった。つねに前に進み続けたのです。

私は母親のジャクソン夫人と父親のジョー・ジャクソン氏、
そして、兄弟姉妹の方々に申し上げたい。
我々に夢や希望、そして愛を教えてくれたマイケルを与えてくださったことを感謝いたします。
私たちはあたな方に感謝を申し上げたいのです。
マイケルの夢は、あなた方の夢でもあったのですから。

ご遺族のみなさんはいま、悲しみの淵におられることでしょう。
アメリカ合衆国大統領やネルソン・マンデラ氏からの手紙が、
いくらか慰めになったとお察ししますが、
マイケルはあたなの子であり、兄弟であり、いとこです。
いかなるものをもってしても、あなた方の心に空いた穴を埋めることはできないでしょう。
しかし、人々が示す愛を通じて、
マイケルの人生がいかに意義深いものであったかを知っていただきたいのです。
3人のお子さんたちにも知っておいてほしいことがあります。
お父さんにおかしいことなど何一つありませんでした。
お父さんがよくしようと立ち向かった社会のほうがおかしかったのです。
しかしお父さんはそれに立ち向かったのです。
それでも彼は立ち向かったのです。我々のために立ち向かってくれたのです。

今日、マイケルにさよならを言いに来た方もいらっしゃると思いますが、
私はありがとうを言いに来ました。

ありがとう、あなたは決して立ち止まらなかった。
ありがとう、あなたは決してあきらめなかった。
ありがとう、あなたは決してくじけなかった。
ありがとう、あなたは壁を打ち壊してくれた。
ありがとう、あなたは境界を取り払ってくれた。
ありがとう、あなたは希望を与えてくれた。
ありがとう、マイケル
ありがとう、マイケル
ありがとう、マイケル

転載
息子マイケル・ジャクソンへ ~天国への遺言状~
著:ジョセフ・W・ジャクソン

****

聞き終えてふと疑問に思った。

彼は何をあきらめなかったのか?
彼は何に立ち向かっていったのか?
そして彼の夢とはなんだったのだろうか?


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