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見果てぬ夢 43 ~Thie time aroundとノトーリアス・B.I.G.の死亡事件

2010
03
08
ring
彼は自分を取り巻く闇に恐れることはなかったのだろうか?



歌詞は⇒http://mjwords.exblog.jp/9864234/


『This time around』はラジオエディットとリミックスを含め、US国内でのみ発売されたシングル。ラッパーのThe Notorious B.I.Gを迎えたこの歌はスターダムにのし上がったマイケルとビギーの二人が抱える問題点について歌っている。


ノトーリアス・B.I.G.(The Notorious B.I.G.、本名: Christopher Wallace、1972年5月21日 - 1997年3月9日)

BIG 

アメリカ合衆国のヒップホップMC。
1972年5月21日にジャマイカ系移民の父親と母の間に生まれた。父親はウォレスが2歳の時に蒸発、母は保育園の教師をしながら女手一つで彼を育てた。
彼が少年期を過ごした1980年代のブルックリンのベッドスタイはカリブ海からの移民が多く住み、犯罪とクラックが蔓延する(クラックブーム)暗黒の時代だった。そんな環境から、彼もストリートの世界に手を染めていった。17歳の頃、武器の不法所持で逮捕され、5ヶ月の執行猶予判決を下される。これを機に、クラックコカインディーラーとして働くため、通っていたジョージ・ウェスティンハウス情報技術高校を退学してしまう。麻薬の売人時代も彼のカリスマ性からよく知られた存在だった。また地元では、フリースタイルラップ・キングでもあった。ビッグ・ダディ・ケインのDJ、ミスター・シー(Mister Cee)が彼のデモテープを聴き、さらにヒップホップ雑誌『The Source』に紹介。同雑誌の新人紹介コーナー「Unsigned Hype」に登場した事を機にショーン・コムズに見出される。
ビギーがロサンゼルスでヒップホップ雑誌『VIBE』主催の「Soul Train Music Award」パーティーの帰途に撃たれ、セカンドアルバムリリース前の1997年3月9日に死亡する。親交のあった2PACと並び、アメリカ東西海岸ヒップホップ抗争の犠牲者と言われている。どちらの銃撃事件も未解決のままである。<ウィキペディアより引用>

2Pacについて⇒参考:米国音楽産業の闇


マイケル、生前に「殺される」と話していた? (2009年11月8日付け)

今年6月25日に急死した世界のスーパースター、マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)。生前にマイケルが「殺されるかもしれない」と話していたと報じられている。
これは、マイケルの"Do You Remember The Time"などを手がけたプロデューサーのテディ・ライリー(Teddy Riley)がゴシップ誌National Enquirerのインタビューにて明かしたもの。「2、3回マイケルに言われたことがあるんだ……彼を殺そうとしている人がいるって。彼は何人かの名前を挙げて、そいつらが彼を殺そうとしていると言っていた」とテディは述べている。マイケルが亡くなったと聞いたとき、テディはすぐに彼の家族に連絡し、殺された可能性があると伝え、テディ自身あれは殺人だったと信じているという。「俺はジャクソン家の人間に"いいか、彼は殺されたんだ。彼のことを気に入らなかった人間が、彼を排除したんだ"って言った。思い当たる人間はたくさんいるけど、すぐに真実は明らかになる。いずれ誰か分かるだろう」と話した。現在、LA市警はマイケルの個人ドクターであったコンラッド・マーレイ医師(Dr. Conrad Murray)を取り調べ中。

転載:http://www.barks.jp/news/?id=1000055067


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「Unbreakable」とこの「This Time Around」で競演したノトーリアス・B.I.G.は97年に銃で撃たれて死亡しています。その前年96年にはBIGと親交のあった2PACが同じように銃で撃たれ死亡。どちらの事件も未解決のままです。
身近な人、それも自分と競演した人がこのような形で殺されてしまったため、(しかも事件は未解決)自分も死ぬかもと思ってしまったのでしょうか。

それでもマイケルは平和のメッセージを伝えようとし、そのような恐怖を乗り越えたのでしょうね。強い人です。

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Tags: マイケルジャクソン time around

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