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見果てぬ夢 48 ~パフォーマンスは神との共同作業

2010
03
17
ring
2009年11月2日


映画『this is it』を見に行った。
ネットでチケットを購入したのはいいのだが、映画館を間違えてしまったため、車で30分以上もかけて見に行った。
知人からとっても感動して泣いちゃったと聞いていたので、自分も涙することを予想してハンカチを用意。
DrillのダンスをYoutubeを見てとてもかっこよくて何度も見てたから、きっと興奮するんだろうと予想して。


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映画が始まると予想外に冷静になってしまった。
ハンカチ準備してきたのに?

そして、いろんなところが気になってしょうがない。
body doubleとかマイケルの体調とかではなく。
キャストの動きとかバックコーラスやバンドの音程などがいちいち気になる・・・
私はダンスをやったことがないし、音程が気になるくらい絶対音感の持ち主でもないのでどこがどう違うのか解説することはできないのだけれど。
ただ、なんか違う、それだけ。
そして気になるな、と思ったところで音楽が止まったりダンスの指示が出た。
おそらく演出家側の視点になってたかな。
私は結構感動屋で涙もろい方なのだけど、こうなるともはや「私」が視ているのではなかった。

映画が終わるまでずっと冷静で、涙をすることも無く終わった。


帰路の車の中でぼぉ~っと考え事をしていると、旦那さんが、
「マイケルがなくなってしまったのはとても残念だけれど、彼が伝えかったメッセージはこうやって映画を通して世界中の人に伝わっていくんだね。」


・・・そっかぁ。Sonyがマイケルの宣伝をすればするほど、より多くの人が彼のメッセージを受け取ることになるんだ。








映画の話に戻るが、マイケルは(全編本人がでていたとして)100%力を出し切っていたのかもしれないけれど、やはりステージは観客とともにつくるもので、リハで100%完成したものを本番では観客との相乗効果で150%にも200%にもなるものを作りたかったように思う。
それがステージ上でおこるマジック。


私がそのように感じたのは、このような文章を読んだから。
もしかしたら皆さんの中に同じような境地を体験した方もいるかもしれません。



S:シュムリ、M:マイケル
(以下、マイケルはシュムリが自分と同じ存在、自分の延長上にいるものとして捉えているように思います。マイケルのいう『君』=僕(マイケル)と置き換えてもらうと読みやすいと思います)


S:パフォーマンスをしたり音楽を作ったりするときは楽しいかい?

M:Yes.大好きだよ。もしそれが楽しくなかったらやってないよ。僕は本当に大好きだからやっているんだ。
ダンスしたりパフォーマンスしたりすること以上の無上の喜びなんてないよ。(bliss=心の平静を保つ精神的喜び)
それはお祝い事みたいなものだ。
音楽や聴衆と一体化したときにパフォーマーが達する境地に同じように君が達したとき、いわゆるトランス状態に達したら、そこに行き着くことができるよ。
パフォーマンスを始めると、その状態にたどり着く前に自分がどこへ行くかわかるんだ。
ダンスやパフォーマンスはどこへ行ってどこへ返ってくるかを知っているんだ。ピンポン(卓球)のように。それは渡り鳥がどこへ行くかを知っているかのように。もしくは回遊魚のように。
動物や魚はテレパシー能力をもっているけれど、それと同じようなものだ。
もし君がパフォーマンスをして、ミュージシャン、ダンスや音楽と一体化しトランス状態になったときにそれは起こるんだ。
一人のただの人間である自分がそこにたどり着くんだ。それらは手の内にある。信じられないよ。君は変容するんだ。

S:そこで君はどんなエネルギーを感じるんだい?神から与えられたものかい?

M:それは神からのもので、純粋で、神からの啓示であり、スピリチュアルとか宗教的なものとは呼ばせないものだ。
だけど、神から与えられたエネルギーだ。それをスピリット、スピリットが宿ったときのようだと言う人もいる。
ある人はそれを見下げたりする。宗教はたまに宗教が言うところの悪霊だとか、オカルトだとか、悪魔だとか言ってそれを見くだすことがある。
そうじゃない。それは神のようなものだ。それは純粋な神のようなエネルギーだ。君は神からの光を感じるよ。

○○マイケルは、王国会館の人々がだんだんかれの評判(名声)と賛美に酷評するようになってきたことを私に説明した。彼らはマイケルが神のように扱われることにひどく驚いたという。マイケルは彼らの批評を心にとめようとし、冒涜の考慮は脇に置こうと考えた。誰もそんな不自然な崇拝には耐えられないし、そんな逆境にもくじけずにやってはいけないだろう。人間は傷きやすく、周りにあわすように要求するし、友達や家族にしかられることで、道を正すものだ。
しかし、神人間(god human)は完璧だ。彼らは道を訂正しようとはしない。
それゆえ神人間は他人とぶつかり、火花を散らす。彼らの悲劇を止めることは難しい。○○


M:モータウン25周年のときのようなパフォーマンス、観客のいるステージで初めてビリージーンとムーンウォークをやったときのようなパフォーマンスをするとき、ちょっとステップを踏んだだけで、何をしようと観客が騒いで手を「キャアアアア~」って振るわせるんだ。
僕は観客とトランス状態にいるように思うんだ。そう感じる。
だけど、僕は観客が騒いでいるのは聞こえない。何も感じなくなるんだ。
そしてパフォーマンスをやりきると、君は目を開いて反応を確認し、君が別世界にいたことに驚くんだ。
僕はその瞬間、何かと一体化していたことに気がつくんだ。






S:だから君は皆を夢見心地にさせるんだ。それはパフォーマーとしての君のパワーだ。
人々がほしがるもの、コンディションとか、他人がほしがるものを提供するといったものはないんだね。

M:ないよ。

S:どうやって観衆を「そこ」へと連れて行くのか教えてくれないかい?
その瞬間、君の心に苦しさや憎しみといったようなものがあったり、君の言う神から降りてくるものがあるなら、君のなかにある苦しさや憎しみが空っぽになってしまうのがわかるのかい?

M:そうだね。空っぽになる。君はそれを超えていくよ。どこの誰もがいけないところに行けるから僕はそれが大好きなんだ。いきっぱなしで、折り返し地点はない。とっても素晴らしいよ。君は飛び立つんだ。君はそれをかんじることができるんだ。「そこ」で起こっていることは君も体験するし、観客も体験するんだよ。
(『マイケルジャクソンテープ』:「Feeling Godlike, Connecting to the Divine」の章より適当訳 )



ダンスをする友人にこの話をしたら、「100%出し切った瞬間のゼロ状態にさらにパワーアップのエネルギーが流れて
きて、もっと、もっと、まだいける、っていう感覚になる。創造力も広がっちゃって肉体がぶっとびそうになるんだよね」と言っていた。なんだかerotic。

そしてシルヴィ・ギエム 『ボレロ』を見に行った別の友人が、「彼女が私なのか、私が彼女なのか、でも、しっかりと繋がっているっていう、不思議な感覚になった」とか。


ギエムが波動を引き上げたのか、友人が感化されたのか・・両方なんだろうな。
受け手の容量も大きな要因だからね。


何かを創造する人に神がかり的な不思議な魅力がある理由がちょっとわかった気がする。

アートって神様との共同作業なんだ。
素晴らしいなぁ~

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Tags: マイケルジャクソン

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