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肉体のDNAのルーツを探る②

2010
12
21
ring
セミナーが始まる前に参加者の一人が講師(先生?)に何度ヒーリングしてもウチの子の性格が直りません、どうすればいいですか、と尋ねていた。すると、その先生は、ヒーリングして性格が直るなら私の性格はもっとよくなっていたはずです、と切り替えした。

おぉ、オモシロイな、この人!

セミナーではこのような話だった。(多々アホっぽいですがお許しを)

昔むかし、チョ~昔、日本は世界と繋がっていました。『竹内文書』によると日本から16の王を世界に派遣してました。そして天皇はUFOにのって視察にいってたとか。

それからながーーーーい年月が経って西の大陸にあった国の人々が2つのグループに分かれて東へ移動しました。昔々先祖が住んでいたという日本を目指して。一つは陸を渡りもう一つは海を渡って日本を目指し、それぞれが拠点を作りました。

九州に拠点を作ったグループは日向(ヒムカ)族、日本海側に拠点を作ったグループは出雲(イズモ)族といいました。
日本で落ち合ったら一致協力して、人類の進化とクールな文化を築こうぜ★といっていたのが、なぁんとどっちが支配者になるか争いになってしまった。日向族は出雲族より先に日本に上陸し、既に強大な国を築き上げてあげていたので後からきた出雲族のことがうっとーしくなったらしい。

そして日向族は出雲族が持ってきた皇位継承の証である「十種神宝(とくさかんたか)」をよこせ、といってきた。出雲族はその要求にブチ切れて九州に住む日向族をばったばたにやっつけていった。うわ、マジでヤバイとその勢いに押された日向族は、ウチんとこの娘とあなた様の息子さんを結婚させて丸く治めましょうや、と申し出た。

これで昔の約束どおり婚姻による和解で一致協力するはずが、このケッコンに反対する者がいた。それは日向族の娘の義理の兄弟たちでした。この兄弟は既に日向族で陰の支配者となっていたので、出雲族と和解することで権力を失うのを恐れていたのでした。そして、「もし婚礼を行うなら呪いによって後世までたたってやる~」と脅したのだが、婚礼は彼らの意に反して行われてしまった。それに怒りと恨みを抱えた義兄弟たちは出雲族の聖地とされる土地や日本の重要なエネルギースポットを次々に封印したのでした・・・。

****

なんじゃい、神話かい非現実的やん・・。やっぱり来るべきじゃなかった・・・と後悔し始めた。しかし、セミナーはそれで終わらなかった。

「どうやって義兄弟たちが呪縛(封印)を施したか」

日向族は数霊を使って封印して行った。日向族は「三」出雲族は「八」という数字が象徴だったといわれている。三のつく地名、例えば、三木、三田、三原、三島、三宮、三国、三山などは日向族が占めた土地。八のつく地名、八項、八戸、郡上八幡、八ヶ岳などは出雲族。日本地図を見れば、三のつく地名が多いことに気づく。その次に多いのが八のつく地名。日向族は太平洋側を支配し、出雲族はのろいにより形勢が逆転し、日本海側に逃げていった。そして、日向VS出雲の争いがあった土地は「甲」がつく。富士の北側の八ヶ岳と三峰山の間には「甲府」がある。「甲」=カブト=戦で装着するものと連想されるといいだろう。

そして、出雲族拠点の土地、島根県には多くの三がつく土地が見つかる。これは日向族が「三」に塗り替え、出雲族のエネルギーを封印したとされる。そして「十種神宝」も「三種神宝」=三種の神器に書き換えられたと考えられる。

そして、この義兄弟たちの「呪い」は現代でも続いていて、日本はそのためにパワーが発揮できないでいる・・・。



・・・オイオイ、最後はオカルトですかい。(汗)


「明治に入ってから西洋文化が入ってきた。西洋社会は数字で言うと「三」のエネルギーです。

三のエネルギーは西洋的、つまりトップダウン。トップダウンということは常に強力なリーダーを必要とし、皆はそれに従うという形。つまり選出するリーダーによって国が左右されるということ。

バブル崩壊後、政府は東京(=三河=三のエネルギーの中心)のみ維持していこうとしており、地方はエネルギーが流れないためますます寂れていくだろう。

出雲の持つ「八」のエネルギーは周りを大事にする、常に循環するエネルギー(8=∞)である、これが明治以降西洋文化を取り入れてきたことでますます三のエネルギーが増大し、八のエネルギーはますます抑えられていく。

ですから、私たち日本人は「八」のエネルギーを取り戻さなければいけないのです」


その後、質疑応答になり、参加者のひとりがその先生を怒らせた。その人が何を質問したのかわからないが、「あなたも神の道への求道者ならハラをすかせた鯉のように教えてもらうことばかりせず、自ら答えを捜し求めなさい」

このセミナーの数ヵ月後に私はカナダに住むことになり、このセミナーのことはすっかり忘れてしまったのでした。


・・・続く


参考:『アーリオーンメッセージ』
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