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分離か調和か

2012
03
02
ring
ser12


前回の補足です。

前回の記事はこちら→『Michael Jackson Tapes』より黄金の法則に従う---皆と一緒に


「私は○○(宗教やスピリチュアル団体)に属しているから神によって救われる」と聞くたびに「あなたは違うから救われない」が暗喩されています。その人の選民意識をどうしても感じてしまうんですよね・・。この気持ち悪さったら・・・。
マイケルの言う「神の左側にいる人たち」ってのはキリスト教以外ってこと。つまり私たちのような人です。

でも、マイケルはそれはフェアじゃないって言っているのです。「神様はジャッジしない。「あなたはいい人だけど私から離そうと思う」なんていわない」って言っているのです。

マイケルは彼の元の宗教にいたとき、その宗教を離れると神から見放され終末の日にはラプチャーされることはないと教えられていました。結局、マイケルはその宗教関係者といろいろあって離れてしまったけれど、その宗教を離れても神様は自分を見放さなかった、つまり、神は内側にいることに気づきました。神は外にもいるけどなによりも内側にもいるってことを知った。

マイケルの経験と見識(マイケルはユダヤ教のラビ・シュムリ氏からユダヤ教を学んでいたし、兄のジャーメインからイスラム教のコーランも読んでいて、さらにディーパックチョプラとの交流がありました。東洋の宗教観である輪廻転生のことも知っていた。そうとう勉強していたと思います。マイケルは自分で宗教の壁を乗り越えようとしていたのですよね。このことは、エルヴィス、ジョンレノンに共通することで、今はガガが乗り越えようとしていることでもあります。

今、いろんな情報がありますが、その教えは分離なのか調和なのかって見極める必要があります。

「この宗教(スピ系団体)でないと救われない」ってのは分離を生む、つまり真逆の方向へいっていると私は思います。
その宗教の教えは素晴らしい、それはいいのですが、ほかの方法で学ぶ人もいるのだということをあったかく見て欲しいと心底思うのです。

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Tags: マイケルジャクソン

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