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動物は悲しむことができるのか?

2014
02
17
ring
<転載開始>
2013年4月号の TIME誌*に掲載された記事です。非常に長いのでそのごく一部を紹介します。われわれ人類は、近親者を亡くすと深い悲しみにくれますが、その起源は動物にあるという、言われてみれば当たり前のお話。近親者を亡くされたとき、この記事を思い出してください。
 
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科学者は、動物は死に対して敬意をはらい、悼み、そして通夜すらする新しい証拠を見つけているところだ。それは、動物について、そしてわれわれに何を明らかにするのか。
 
カラスの魂には、何か奥深いものを感じる。命も短く簡単に死んでしまう動物は、仲間が死んだ時、深い感傷にふけるように見える。
野外に横たわるカラスの死骸には、すぐに 2ないし 3羽の仲間が集まる。カラスは、何百羽もの仲間を呼び寄せる特別な泣き声を発しながら、空を急降下してはまた上昇し、また急降下・・・という飛び方を何度も繰り返す(dive and swoop and scold ≪=ヒッチコック風の表現らしい≫)。
 
仲間たちと協調しながら同じ飛行を繰り返す様はまるで何かの儀式のようだ。しばらくすると鳴き声を止める。そして完全なる沈黙の中、死骸のもとに舞い降りかつて仲間だった亡骸を取り囲む。あるカラスは、敬意を示すかのように咥えた草や木の枝を死骸のそばに置き、そして飛び去った。
 

子供の死後数日から数週たち、腐敗が始まっても死を認めず、死体をかかえ続ける母猿の例がある。死んでからも長い間、子供の体に触れ、寄り添いつづける。


象は見つけた骨に立ち止まり、その骨に触れて確かめる。
遊び仲間が死んだとき、元気が無くなり食事をしなくなる犬と猫がいる。
猫の中には恐ろしいほど泣き叫んで悲しみを表現するものもいる。
ボノボスは家族や仲間の消え行く魂の灯火に荒れ狂う。そして、しばしば死骸に石を投げつけ、自分の胸を叩く前に死骸の胸を叩く。明らかに仲間の死を悲しんでいるのだ。
農園ではヤギ、羊、豚、カモ、アヒルもまた仲間の死に伴う行動の観察の対象であった。海では、母イルカは霊長類の母と同じく子供の死骸から離れない。

動物は、われわれと同様社会的な生き物である。動物は、われわれと全く同じように他者と関係を築き、それはある時点で関係の終わり(=死)を経験しなくてはならない。
「彼らは、われわれと同じように繋がっている」と William and Mary大学の人類学教授で 「How Animals Grieve(いかに動物は悲しむか)」の著者でもある Kingは言う。「われわれは皆、社会的に順応していて、われわれの脳は同じように作られている。なぜ動物は死者を哀悼しないのだろうという疑問があった」。

もし動物が実際に死を悼むような行動をするなら、そのメカニズムはヒトが行う哀悼過程の進化的前身に違いない。

「これらの行為がいかに進化してきたのかを理解するのは容易い」とコロラド大学の進化生物学教授、Bekoffは言う。「それは通夜のように、深く悲しむヒトの家族が自ら言い聞かせるのと丁度同じように、動物は、死は自然の摂理である、と感情を押し殺しているのではないか」。
 BekofとKingは、現在行われている『動物は喪に服するか』という研究分野でリーダー的存在である。彼らは野外観察的研究よりも動物園の飼育員やペットの飼い主から実際に見聞きして、「ヒトが苦しむと同じように、動物達も苦しむようだ。」という見解をしている。


英国の動物学者 Douglas-Hamiltonは、2003年、ケニアの国立公園における エレノアというアフリカ象の死に心を打たれた。
エレノアは、自分の群れの女家長で 6ヶ月早く生まれた。病を患い、エレノアは他のメス象の前で倒れた。グレイスと呼ばれる象は、らっぱのような声をあげ、エレノアに触れそして自分の牙でエレノアの体を起こそうとした。
翌朝にエレノアが死ぬと、グレイスは丸一週間、エレノアの子供と群れのメスはエレノアの亡骸を訪れた。私たちがエレノアの死体を密猟者から守るために移動しても彼らは訪れ、他の動物がエレノアの死体を食べ始めても、彼らは訪れた。エレノアの子供は、母の身体に鼻をすりつけ、乳をせがんた。しかし、乳は出ず、母は決して動かなかった、そして子供もすぐに死んでしまった。

「エレノアの死の感情的影響を明確に見た」と Kingは言う。「エレノアに近づくすべての象が哀悼のためではないと思うし、中には単に好奇心のためにやっていることなのかもしれない」とKingは言う。
しかし、Douglas-Hamiltonのこのエレノアとその仲間たちの例は、種を超えた極度の悲痛について描写している。


そして、霊長類は仲間の死に対して異なるアプローチをする。
一つの理由は恐らく、彼らのより優れた脳が他の動物がしない方法で、死を永久的に避けがたいものとして捉えるからである。

Emory大学の霊長類学者 de Waalは、ピグミーチンパンジー(ボノボー)の群れが Gaboon viperとして知られる毒蛇に遭遇した時の様子について語る。

ボノボーは、一匹のメスが蛇を掴めるぎりぎりまで棒で蛇をつっつき、メスは蛇を地面に叩きつけ殺した。それまで蛇を恐れていたボノボーは急に平静になり、若いサルは毒牙を調べたり蛇を花輪のようにまるめたりしていた。
「蛇が生き返るのを経験したサルはいなかった」と de Waalは言う。ボノボは「死んだものは生き返らない」ということを理解しているのだ。

その認識、それはヒトで何ヶ月もの間、実存する不変で恐ろしい狭間で深い悲しみに行き当たり、サルが試練に向き合うのと同じである。

オランダの Burger動物園で Oortjeと呼ばれるチンパンジーが難治性の感染症に罹った。ある午後、サル達は室内にいて、他のメスが弱った Oortjeに近づき、彼女の目を凝視し、そして自分の胸を叩きだした。Oortjeは答えようとしたが、倒れこみ、そして死んだ。他のチンパンジーから泣き声が発せられると室内にいたサル達は完全に沈黙した。

Oortjeと仲の良かったチンパンジーは、Oortjeの死が近いことを知っていたと、科学的に確信的に言えるのは観察をしていて得た直感からである。
「Oortjeの例と蛇の死から言えることは、他者の死は霊長類の心に深い影響を与えるのではないかということだ」と Waalは言う。「その証拠は、仲間でも他の動物でも動かなくなったら、回復の見込みが薄いことを彼らは知っていると気づいたからだ。」

Noと言うだけ(Just Say No)と希望が薄いということは、希望が無いと同じではない。そしてヒトは、死に対してはいつも認めたくない動物だ。

救命救急室で家族は、事故の犠牲者の生命機能が停止し長時間経過しても、医師に電気ショックと心臓マッサージの継続を懇願する。
医師とウィージャー(=心霊術で用いるアルファベットなどが記された板)製作者は、われわれの「死は死(dead-is-dead)」という格言を頑なに拒否する。
宗教もその反映である。単なる永遠の生命の願望から神格と信者の深い信仰に関し数多くの研究がある。

動物では、この「死を認めたくない」という感情は死骸を動かすという奇妙な行為によく表現される。
チンパンジー、ボノボ、そしてヒヒは、腐臭が出始めても死んだ子供を持ち運び、死骸は手の中で白骨化していく。捕食者が文字通り数ポンドの重い荷物を待ち伏せするジャングルの中をてくてく歩きまわるのは似つかわしくないが、母はリスクを負い、無駄なカロリーを消費する。ギニアの一例では、母は赤ん坊を 68日間も運んだという。

「良くそういう光景を見るんだ」と、コンゴ共和国の 75エーカーのボノボ保護区で働く、研究科学者で「ボノボの握手」の著者でもある Woodsは言う。
「母親達は子供の死骸を持ち運ぶだけではなく、それらにとても慎重に接するんだ。授乳を早期に中止したヒトの母親はうつ病のリスクが高いというが、ボノボの子供が死んだとき母親にも何か同様なことがおきている可能性がある。」

 Kingの本は同様に、動物王国を通して深い悲しみと否定の物語を語る。
シャム猫の Willaは巣穴の中で部屋から部屋へ歩き回り、死んだ妹を何度も再訪した。日本の伝統的な秋田犬、ハチコーの深い悲しみは種を超えているようにみえる。ハチコーは毎朝、飼い主を見送りに駅まで行き、夕方に出迎えに行った。ハチコーは飼い主が死んだ後、毎日毎日 10年間駅へ通い続けた。仲間が死んだ後、鬱に陥る馬がいる、そしてウサギでさえ、飼い主によると檻の中の仲間が死んだ後、「仲間を探して、約一週間、檻の中を引っ掻き回したんだ。」


このような状況で動物の脳に何が起こっているのか科学的に調べることはある程度は可能だ。悲しみが脳内で起こす反応が予備的証拠となる。

死に対するストレスは、動物そしてヒトの脳内でコルチゾールの分泌を促進する;
コルチゾールは、しばしば「抱擁物質(cuddle chemical)」と呼ばれるオキシトシンの分泌の引き金となる。オキシトシンは、赤ちゃんが生まれた後両親の血中に激増し、社会的関係や交友関係を求めるように働く物質だ。


霊長類研究家 Enghはボツワナで、動物社会が経験する最も悲惨な出来事の一つである、仲間が捕食者に殺されるという事態に直面したとき同じ反応することを調べるため、ヒヒの群れを追った。捕食者からの攻撃の後、ヒヒの群れの糞を集め、その中に含まれるグルコ・コルチコイド(GC)を調べるとストレスマーカーサインは上昇を示した。調査期間は最長一ヶ月に及び、仲間の殺害を目撃したすべての個体の GCは上昇し、犠牲者の血縁者や社会的関係のある 22個体の GCは他のものたちより高い数値を示した。もしこれがオキシトシンの分泌を促したとしたら、われわれヒトと同じように、動物は死者の前で仲間たちと死者を弔い悲しみ合う通夜のようなものに加わったに違いない。

(※ストレスホルモンであるコルチゾールが大量に分泌されると病気になるので、それを緩和する「癒しホルモン」であるオキシトシンを分泌することにより体を守る)

これは、理由のあるストレス、そして深い悲しみで、いかに正確にシステムが作動するかである。「彼らがその反応に気づかなかったとしても、反応は適応性がある」とペンシル大学の生物学者で、「ヒヒの形而上学」の共同著者、そして Enghの仕事を監督した一人である Cheneyは言う。「ヒトと同じように、動物の強固な社会支援ネットワークは、ストレスに対して緩衝材となる」


脳研究は、動物が悲しむ説を補強する。ヒトでは、悲嘆は感情を処理する前頭葉、側坐核、そして扁桃核により媒介される。われわれは、多くの他の動物と基本的解剖を共有するが、ある種では構造物があまり発達していない。鳥の脳は、われわれとあまり似ていないが扁桃核を持ち、特にカラスは大きな前頭と良く発達した海馬をもつ。

 Marzluffは、マスクをつけた研究者に捕らえられたカラスを異なるマスクをつけた研究者が給餌し世話をするという研究を行った。鳥は放射活性色素を注射され、そしてストレスのかかる捕獲時のマスク、給餌マスク、あるいは全く異なるマスクを見せられた。そして、鳥に麻酔をかけ PET scanを行った。恐ろしいマスクを見たカラスは、一貫して高い海馬活動を示した。死んだように見えるカラスの剝製を見せられたカラスは、活動は海馬に起こり、カラスは、そこは危ないから避けろという位置記憶を形成していることを示唆する。「カラスは生涯、20年間つがいとなる」と彼は言う。
「片方が死んだ時、残された方はただ立ちすくし、見つめつづける。ストレスがかかれば、カラスはわれわれと同じような経験しているのか分かる」と言う。

それは本当なのだろうか?
実験や野外観察の結果は、動物―悲嘆説の主唱でさえ、結論を急ぐことに慎重である。Kingは、GC追跡調査が示していることにもかかわらず、サル達は本当に悲しむのかを問う。そう、メスのヒヒは死んだ子を長い期間運ぶが性交渉をもつことがあり、深い悲しみと一貫性に欠ける。
「これは、彼女が周りに影響を与えるため公に悲しみを見せないようにという行為なのか、あるいは彼女は全く何も感じていないのか?」Kingは問う。「わからない」。

ヒヒの赤ちゃんの行動をみていても明らかでない。死んだ母親の前に立ち揺すりそして泣く、これらは確かに悲しみに見えるが単なる飢えなのかもしれない。母親が死ぬとミルクが絶たれ、食物の途絶は飢えばかりでなく寒さももたらし、それが死につながるのかもしれないからだ。

≪赤ちゃんと成人を同列に論じるには無理がある。ヒトでは、乳幼児期に母親が死んでも何も感じないからだ≫。  


*Jeffrey Kluger TIME p.32 APRIL 15, 2013

<終了>

サイト翻訳文に訂正・加筆しました。
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