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夢の中のもうひとりの「わたし」

2008
09
27
ring
今朝、ふしぎな夢をみた。

私と誰か2人で家の窓から隣の家を見ている。

なにかに必死でおびえている。



すると隣にいた誰かが、「ほら!来た!」という。

隣の家の壁にひびが入って土台からこなごなに崩れ落ちる。

地震の波がうちの家にもやってくる。

「お願い!無事であって!」と願うのだが、地震が確実にうちの家に襲ってくる。

その瞬間、床が抜ける。

絶叫系コースターで急に下に落ちる、あのストンとした感覚で意識が抜けそうになる。今もその感覚が残っている。

私はそばにいた2人に「頭を守って!頭は生きていくのに重要なの!!」と叫ぶ。





そこで目が覚めた。





私はearthquake surviverであるので、地震の恐ろしさはよく知っている。

しかし、その体験とはおそらく関係はない。(少しはあるかもしれないが)





根拠はない。

だた、最近見る夢はたいてい自分の感情とか経験とかはあまり関係がないように感じる。

夢いつも今朝みたいに全部を見たりすることもあるが、たいていは断片的に覚えているだけだが。

それでも、夢の中で「わたし」が「現在」とは違う次元で人生をおくっている気がするのだ。

パラレルワールドなのか未来なのか、それとも遠い過去の記憶なのか?

たいてい、気持ちよく疲労してぐっすり眠ったときにばかりこのもうひとりの「わたし」の夢をみるからだ。







なぜか?


夢の中の「わたし」はなぜかものすごい勇敢なのだ。


正義感溢れるリーダーといったらいいのか、たいてい何かと戦ってるか(何と戦ってるかわからない。ただ重そうな剣を振り回してる)、人を連れて避難させようとしてるか、ようするに災難から人を救けているのだ。(過去のブログに同じように夢のことを書いた)


いつも声をはりあげているし、かなりエネルギッシュで疲れをしらない。


避難を拒んでいるのか、それとも避難先をどこにするかもめているときはかなりアグレッシブに怒鳴ったりするときもある。


三次元の私は体力は無く結構ぐずぐずで、長いものに巻かれやすく・・・・これ以上書くと凹むのでやめるが、夢の中の「わたし」とは正反対なのだ。





『夢占い』の本から抜粋。



地震の夢は実際に地震があったときや、ベッドが不安定なときに良く見る。

そうでない場合は急激な変化を表す。絶対に崩れることがないと信じていたものが崩れ去り、考えや信念が大きく根底から揺らぐことになるでしょう。

しかし、地震の夢は新しい世界が開かれるなど、以前より良い状況になる可能性が大いにあります。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『夢占い』 ジュヌビエーブ沙羅/小泉茉莉花 





固定概念が崩れて新しい世界が開く・・・っていうのは喜ばしい。

今回の夢の中で「頭を守って!」っていうのは笑える。

頭っていうのは知識を保護する器官である。想像力を創造力に変えるところでもある。

「知ること」を重要視している私にとっては、すごく納得するのである。

夢の中の男っぽい「わたし」とへなちょこな三次元の私とはやっぱりつながっているのか。





以前、夢の中の「わたし」の話をある人にしたことがある。

夢の中では男顔負けの戦士(女捨ててる気が・・・)でやたら勇敢なんですよねーといったら、





「ちゃんと思い出してるじゃない、フフッ。」





と、とても意味深な微笑みで私を見たんだ。





・・・思い出すって何を?





尋ねても、「あなたは自分で探し当てることが好きだから、楽しみはとっておくね。これからもっと思い出すよ」といわれてしまった。

そういわれてから数ヶ月経つけどまだわからない。



この人は何者なのか・・・、機会があればそのうちに。







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